December 01, 2006 ひぐらしのなく頃に感想文その一 : Game Talk
ひぐらしのなく頃にレビュー01
長らくブログを更新しなかったのはですね。
「そろそろ何かゲーム話をしたいな」と言うことでひぐらしを手に取ったことから始まります。
今回から三回に渡ってレビューをアップしますので、全然期待しないでお待ちください。
第一回は「ひぐらしのなく頃に」の第一話から第四話までの段階での評価を各話ごとに視点を向けて、可能な限り詳しく書いてみます。
徹底的にネタバレしてます。
・鬼隠し編 、あるいは第一話
この話の段階で「推理」でもないし「連続殺人ノベル」でも無い、というのがT-Akfの立ち位置になっているので、それを前提として読んでいただけると嬉しいです。
どちらかというと悪い意味で、「萌え」に傾倒しすぎて物語としても、テキストとしても、演出としても破綻している部分が結構目に入ったのが特徴かな。
簡単に言うとキャラクターたちは「記号」なので、シナリオがその方向に流れる必然性があるならキャラクターがどうあがいてもシナリオは変わらない、という感がありました。
おはぎに最初から針なんて入ってないし、注射器をもって迫ってくる二人の「富竹と同じ目に略」の発言から持ってるのはマジックペンなのよ。
ってことは、主人公が錯乱しているのもみえてるワケで。
この時点でこの話から「推理」は不可能なんだよね。
仮に錯乱していない、全てが事実だとした場合も犯人は「環境」あるいは「村」であって個人じゃない。
それのどこが「推理」なのかがまずT-Akfには理解できないというか。
とりあえずノックスの十戒をあと十回は読めって言うか。
「犯人は誰か?」と書いてありますが、この時点でおきている事件は富竹の自害だけですよね。
過去四年の事件とはほとんど関連が見られないんですよ。
一年前の事件は撲殺死体が、二年前の事件は水死体、三年前の事件は病死、四年前はバラバラ死体。
それが「祟り」であるならばこれら四つの事件には「人為的な何か」が見えるように細工されてる。
つまり五年目の明らかに祟りっぽい殺人だけ特異性が高すぎて、浮いてるワケよね。
それが「人為的な殺人」であるならば五年目の事件は「自殺させる薬物」が凶器になる。
その場合は二年前の病死に何らかの関連があるのではないか? と推測できなくはないけど。
それでも「五年全ての事件がつながっている」という前提はこの時点で覆ってるんじゃないかしら。
そう言う意味で、ひぐらし第一話をやった後の感想としては「話としてはまぁ、人気があるんだろうなぁと思うけれども見せ方が最悪」でした。
これを推理って言う神経がまず理解できないし、それを煽り文句としてるならば見せ方が全体的に面白くないって言うか。
これ、謎を全部無視して話だけ追ったら驚くほど面白くないワケじゃん。
だんだん迫ってくる村の人たちへの恐怖の煽り方はまだしも、それに対して主人公が反撃する過程は全て、徹底的に直接的で物理的な「暴力」で解決してる。
バットで殴ったりね。
そこに恐怖はあるかっつーとあるのはグロテスクな、生理的嫌悪を催す描写であって恐怖じゃないんだよね。
そこに説得力なんて最初から無いし。
なぜなら主人公はこの時点で「錯乱している」ことがどんなにバカなフリして読んでも丸見えだから。
一応推理じみたことを言えば時計の裏の注射器は実は「罰ゲームの小道具(サインペンetc)」で、切り取った人間は「誰でも良い」が正解。
あえて上げるならば「監督」か「大石」かのどちらか。
理由はどちらも「この事件を事件として扱うため」の一点。
「何故この事件を事件として扱うか?」は監督の場合は誰なのかわからないので保留。
大石の場合はこの事件を追い続けたいから。
そもそもここに事件性があっても主人公の死後なので、発展しようが無いのでこんな感じ。
・綿流し編 、あるいは第二話
双子登場と同時に笑い死ぬかと思った。
この場合、双子は「入れ替わるために存在する駒」だとしか解釈できないし。
この話は結局「何度入れ替わったのか?」がメインだと思うし。
少なくとも、二話までやった段階でも富竹の死因は不明。
さらに五年目の事件が明らかに浮いてるものとして描かれるので、そう言う意味では「物語は進んでる」んだろうけど。
第二話段階で感じたことってのはそれよりも「また最初からか」って言う苛立ちのほうが大きかったです。
ひぐらしって言うスタイルは基本的に「ギャルゲーから選択肢を排除したモノ」として了解したのもこの作品でしょうか。
つまり、攻略ルート(この言い方をする時点でなんかどっと疲れが)ごとを別の物語として書いてるワケですね。
この話辺りからなんというかお疲れ感が増えていきます。
五年目の事件の黒幕を自称した犯人が拷問狂でしかも村と市を牛耳ってるとか。
つまり「園崎」って言うジョーカーが存在している以上、全ての事件は園崎が絡んでるんじゃん。
たとえ五年続いたワケわからん事件が園崎の仕業じゃないにせよ、「園崎の仕業だ」って思わせることができる。
一晩中探しても見つからないようなところに人を隠せるならば、失踪すらも「園崎の仕業だ」って思わせることができる。
どんな切り札だよそれ。
あと、この話単体で言えば、「ミステリー」としては全て完結してるわけよね。
富竹の死因は不明だけれど、彼女が「自分がやった」というならばそれが虚偽でも、その時点でミステリーは完結してる。
あえて推理をするならば、「双子の入れ替わったタイミング」かなー。
以下の三回っしょ。適当に推測する範囲で言えば。
一回目はおそらく「背中に鬼を背負う前」つまり刺青が無いほうが魅音。
ところがこの時点以降、詩音は 「魅音」として生活しているため、
主人公が普段話している相手は本当は詩音。
二回目は詩音が祭具殿に入った日の翌日かその辺り。
この時祭具殿に入ったのは本当は魅音なんだけど、まぁこの時点では主人公は彼女を詩音として把握しているのでなんとも。
その日のうち、あるいはその翌日以降、学校に登場するのは「本当の魅音」、つまり鬼を背負っていない方。祭具殿に忍び込んだ方、でも良いか。
三回目は脱出時、自分が「詩音」となって保護される。
牢屋の中に入っている「詩音」は背中に鬼を背負ってる。
つまり、彼女を井戸から突き落として殺してしまえば、拷問を繰り返していた「魅音」は主人公たちの知る「詩音」として生活が再開できる。
だから最後の最後で主人公を殺しに来たのはやっぱり詩音で、自殺した詩音と同一人物ってことなんだろうなー。
あ、そうそう。
監督が実は医者なんですね。
つまり第一話は医者でも呼びにいったんでしょうね。
まぁそりゃああんな錯乱しまくってる人いたら普通医者呼ぶけど。
精神科医か何かなのかなーって思ったら診療所の院長じゃないっすか。
何者ですか監督。
・祟殺し編、あるいは第三話。
双子が既に普通に存在してる辺り、「キャラが徐々に増えてく」ワケですね。
あれ。真犯人が実は最後に出た新キャラとかってことですか?
まさかねー……
この話は沙都子編、ってことなのかなー。
叔父に虐待される沙都子を救うぜ、と主人公がバット片手に立ち上がり叔父を殺す話。
めちゃくちゃですね。まぁ良いです。
話の展開としてはなんか良くも悪くも「ご都合主義」な香りがすごい漂ってきます。
虐待してきた叔父は普通に殺せるし、その死体は彼には見つけられない。
仮に本当に殺していたなら園崎が隠しているし、殺していないならば彼は幻覚を見てたことになる。
どちらにせよ、主人公の罪はバレないワケだし。
その後も叔父は生きていて沙都子は虐待されてる、って言っても。
それは「沙都子がそう言っているから」であっておそらくは幻覚か何かかもしれないし。
つまりこの話全体を通じて一つの不確定要素として「叔父の生死」があるんだよね。
ひぐらしって結局、「誰かが精神を病んでその結果殺人が起きる」物語なんですよ。
つまり、ひぐらしの世界は「基本的に精神を病んでる人が登場人物として使われている」ということ。
それってもう話としてみてると全然面白く無いんですよね。
T-Akfが終始この話にキョトンとしてるのはそう言う意味。
前触れなく(当人には論理的な流れがあるだろうけど)狂って、殺人を犯して、そのまま世界が終わって物語も終わり。
最終的に主人公が一人生き残った理由とかも、おそらくガスの特性でたまたま、だろうし。
水の流れにせよ、あるいは「ガス」の特性にせよ。
少なくとも硫黄の香りを嗅いでいる主人公は生きてるんだから。
「おそらくガスの特性やあるいはガスじゃない何かの特性が彼の置かれている状況によってなんとかなった」以上に何を考察すれば良いのか分からんねんけど、調べたらそこらじゅうで話題になってて驚いた。
え、ちょっと待って。それって推理するものなの?
例えば火事の時は姿勢を低くして逃げると助かる、って話があるとするよ?
でもその話を劇中で説明されないなら、「火事で生存した理由」は別にあるんだよ。
運良く、って答えが通るならもうサイコロでも振ってれば良いよ。
って言うかこの時点で富竹自害の犯人が「現状出てくるキャラクターの中では」一人しか考え付かないって言うのもどうだろう。
仮にこれが答えだとしたら推理とか言ってる人みんなを鉈で斬って行くよ。
・暇潰し編、あるいは幕間、通称第四話。
彼女に予知能力があったのか、誰かに教わったのか。そもそも予知能力はどういうものなのか。
それを推測するつもりは元からないから、この話は本当に幕間としてしか観れないという。
まぁ、本当に「暇潰し」なんだろうけど。
暇潰しにすらならんよね。
あと、誘拐事件の犯人は園崎じゃないよね。
園崎だとしても、ヤクザ側の、園崎から結構遠い関係の人じゃないと成り立たない。
まぁええわ。
・全体を通して。
例えばエヴァにおいて使徒が明確にどんなものだったのか、は十年たっても解決されてないよね。
それは確かに推測の余地はあるかもしれない。
推測したら楽しいかもしれない。
でもそれは「推理」する余地は無いんだよ。超当たり前な話をしてる自分がなんか情け無いけど。
「判断材料」は大量に転がってるよ、使徒もひぐらしも。
でもそれはもうなんていうか適当に好きにこねくりまわしとけば? って話じゃないですか。それ以上でもそれ以下でもない。
その「ただの判断材料に過ぎない伏線」が何を意味するかを語り合うコトを「物語のメイン」として持ってきてしまっている時点で物語として楽しむ要素を思いっきり削ってるんですよ。
神経衰弱で二枚のカードを裏返した時、それがダイヤの9とスペードの9だったのは何故か? を延々議論してるワケですやん、これって。
なんだろうなー。
エンターテイメントとするなら、その謎の見せ方が「鼻につきすぎる」から面白さを阻害してる。
これをミステリーとするならその謎の見せ方が「解決を前提にしていない」から推理の余地が無い。
どっちにしろ、面白さをお互いがスポイルしあってるんだよね。
これが「面白い」と思えるって言うのは幸せなんだろうなー、と思ったのですよ。
頭を空っぽにして読むことを拒絶した物語の構成の仕方をしておきながら、考えながら読むと矛盾点やくだらない萌え要素、演出の下手さにテキストの読みにくさがどこまでも邪魔するんだよ。
何も考えないで読んだらたぶんそれなりに面白いと思うんだろうに。
なんか色々と残念で仕方ない。
面白いかもしれないとは思うんだけど。
それらの料理の仕方が徹底的に下手って言うか。
ドキドキ感が無いし、恐怖感も無い。
恐怖を感じるとしたら「作者の頭大丈夫かなぁ……」って言う意味の恐怖。
まぁ、いわゆる電波を目の当たりにした時と同じ恐怖しか無いんですよ。
しかも作品の影どころかものすごい勢いで作者が見え隠れする作品スタイルなので、それが「作品に対しての評価」を飛び越えて「作者への評価」になってしまいそうになる。
そもそも。
QWERTY配列のキーボード配列は何故一般的か? みたいな問題みたいなんですよこれ。
実はこの配列、人間工学の見地から言えば、実はあんまり使いやすくない。
英語を試しに書いてみればわかるけど、使用頻度が高い「A」が左手小指なんだよね。
「TYPE WRITER」って文字を打ちやすくするために、上から二段目に左記のアルファベットが全部詰まってるからなんですけど。
それが何故一般化されたのか? って話にシフトして行くとして。
それについて延々と議論するのは勝手だけど、それは少なくとも「物語」とは別の世界の話じゃないかなー。
その議論はひぐらしって言う物語を語る上でのおかずにもならない。
食器のデザインに過ぎないんだよ。あるいはあとからかける調味料。
食器を裏返したら裏にどんな刻印があるのか? とか。
この食器はかのバカラの略とか。
この胡椒は○○産で、とか。
そんなんも確かに重要だけど。
「味はどうなん?」とT-Akfは問いたい。
そして、少なくともT-Akfには「食器と香辛料以外何も目に入らない」って感じでした。
食べてみても胡椒の味しかしないし。眺めててもゴテゴテした食器しか目に入らないし。
本質(物語)がどこにもない。
すくなくとも四話やった段階で感動もしないし衝撃も受けなかったかなー。
Written by T-Akf